PRESS PEOPLE 

新聞社の中の人のブログです。報道の仕事をして30年。誤解されていることの多い業界のリアルを更新していきます。

紙にもいいところはある

 先日、電車に乗っていたときのこと。若いカップルが近くのシートに座っていた。これからどこか観光に行くのだろう。目的地を確認するためか、男性のほうがおもむろに地図を大きく広げた。すると女性が「おっさんみたい!」と吹き出した。「おっさん」という言葉に反応し、こちらも思わずカップルのやりとりに見入ってしまった。新聞を広げて読むような格好がおかしかったようだ。


 ここ数年は電車で新聞を読む人の姿は確実に減った。いるとしても、小さく畳んで申し訳なさそうに読んでいる50代以降の男性ぐらいだろうか。以前はタブロイド判(半ページ大の新聞のこと)の夕刊紙を仕事帰りに読むサラリーマンも多かったが、最近は販売してくれる駅スタンドもまばら。寂しい限りである。


 ニュースを知る・読むツールとして、新聞に取って代わったのがスマホだと言われている。実際にそうだし、新聞やテレビなど旧メディアはこぞってニュースサイトの充実に乗り出している。新聞社にとっては発行部数が何よりも大切なのだが、スマホ、インターネット上で自社の記事がより多く読まれることでページビューが上がり、広告収入を拡大させることができる。生き残りをかけた今後のビジネスモデルを考えるうえで重要なのである。


 とはいうものの、新聞社で働く人間は「紙の新聞を読んでほしい」という感覚からなかなか抜け出せないし、紙媒体の存続こそが新聞の生命線と考える向きさえある。そうした考え方の根拠が、スマホでは自分の見たい記事しか目に入ってこないから視野が狭まるというものである。つまり、紙で読めば興味のない記事も目に入ってくるから視野が広がるというのである。


 これは新聞の「一覧性」と呼ばれる特徴だ。新聞を広げると、さまざまな記事や写真が、見出しとともにレイアウトされ、一目でどんなニュースがあるのかをつかむことができる。その中から関心のある記事を選んで読めばいいのである。

 

 いずれにせよ、新聞には取材力、編集力という意味で優位性があると思っている。紙媒体が今後右肩上がりになることは考えにくいが、ニュースサイトに生かせるコンテンツを新聞は持ち続けられるはずである。

 

 一方のスマホにもデメリットはある。猫背で画面に見入る姿も「おっさん」そのもので、決して姿勢がいいとは言えない。スマホはその小ささゆえに、歩きスマホを誘発する。歩きスマホは危ないうえに、迷惑行為である。便利さは否定しないが、地図だってスマホで見るより広げて見た方が役立つこともある。